「地域」の劇場に秘められた可能性とは?〜吉祥寺シアター来館者アンケート調査

吉祥寺シアターは2005年にオープンした武蔵野市の公共劇場で、ダンスや演劇の公演を積極的に行う業界内で名の通った劇場です。一方でこの地域には環境浄化の歴史があり、劇場建設当初から吉祥寺の「イーストエリア」の環境改善、文化的なイメージ作りの役割を期待されていました。

職員の方へのインタビューや来館者へのアンケートを通して、吉祥寺シアターという公共文化施設が社会や地域に対してどのような影響・役割を持っているのかを調査しました。

本記事では、吉祥寺シアター来館者へのアンケート調査を紹介します。

▶︎吉祥寺シアターの職員である大川智史さんへのインタビューはこちら

調査を行った3公演

アンケート実施場所(吉祥寺シアター2階ロビー)

・関かおり PUNCTUMUN『こもこもけなもと』
国内外で活躍する振付家・ダンサーの関かおりさんが率いる”関かおりPUNCTUMUN”による新作ダンス公演。

・吉祥寺ダンスLAB. vol.4『エコトーン ECHO-TONE』
若手ダンサーと他分野のアーティストのコラボレーションによって、新たなダンスの展開や可能性を模索する、吉祥寺シアターの主催公演「吉祥寺ダンスLAB.」の第4弾。今回は水越朋のダンスと、美術家の力石咲による編み物がコラボ。

・名取事務所『ペーター・ストックマン~「人民の敵」より』
名取事務所による、ヘンリック・イプセンの戯曲『人民の敵』の演劇公演。

今回の調査について

今回の来場者へのアンケート調査では、吉祥寺シアターという公共文化施設が、社会や地域に対してどのような影響・役割を持っているのかを、吉祥寺シアターやその周辺地域に対するイメージや商業効果の観点から明らかにすることが目的です。

本記事は大きく3つの内容で構成されます。

第一に、地域のふれあいの場や文化活動の発信の場として機能してきた吉祥寺シアターに対して、来館者が何を期待しているのかについて、吉祥寺シアターに対する要望などをもとに分析しました。また、吉祥寺シアターが特に注力している「吉祥寺ダンスLAB.」などの主催公演の認知度についても調べました。

第二に、吉祥寺シアターが来館者の消費行動をどのように促しているかについて分析しました。吉祥寺シアターの周辺には多くの商業施設や飲食店が並んでおり、吉祥寺シアター職員の大川さんも地域との関係を深めていくうえでは商業関連の人々との関係性が大切であると考えているようです。今回の分析から、吉祥寺シアターと商業施設の関連性を可視化します。

第三に、吉祥寺シアターが周辺地域のイメージにどのような影響をもたらしてきたかについて分析します。吉祥寺シアターは吉祥寺の「イーストエリア」の環境改善、文化的なイメージ作りの役割を期待されて建設されました。街のイメージとの比較や、吉祥寺シアター周辺のイメージに関する質問から、吉祥寺シアターが果たしてきた環境浄化の役割がいかなるものであるかを明らかにしていきます。

最後に、付録として今回のアンケート調査で用いた質問紙、アンケート調査の集計について記載します。 

公演開始前に紙のアンケート用紙を配布しました。
QRコードによるアンケートの回収も行いました。

【調査概要】

調査対象者・実施期間吉祥寺シアターの以下の公演の来館者の方々
・関かおり PUNCTUMUN『こもこも けなもと』
2022年2月4日(金)~同年2月6日(日) 計3公演
・吉祥寺ダンスLAB. vol.4『エコトーン ECHO-TONE』
2022年2月11日(金・祝)~同年2月13日(日) 計3公演
・名取事務所『ペーター・ストックマン~「人民の敵」より』
2022年2月21日(月)~同年2月27日(日) 計3公演
回答数266名(来場者:783名 回収率:33.97%)
実施場所吉祥寺シアター
実施形式紙アンケートの配布、Google Form

調査の結果と分析

1. 吉祥寺シアターの現状分析

【回答数】145

吉祥寺シアターに今後期待することを自由記述形式で質問したところ、「ダンス公演」「挑戦的な公演」「若手アーティスト、小劇団の起用」といった意見が多く寄せられました。

インタビュー編で大川さんが仰っていた「若いダンサーさんや振付家さんに吉祥寺シアターを近い存在だと感じてほしい」「ダンスに力を入れている劇場だと知ってほしい」といった想いは、確実に来館者の耳にも届いているようです。

【ゼミ生の一言コメント】レベルの高いダンス公演を望むコメントもあったし、「ダンス」のイメージはしっかり定着しているんだなと感じました。

【回答数】
吉祥寺ファミリーシアター 218
吉祥寺ダンスリライト 221
吉祥寺ダンスLAB 224

来館回数別に主催公演の認知度を調べたところ、3公演全てにおいて「知っている」人よりも「知らない」人の方が2倍近く多いことが分かりました。

しかし、10回以上の来館者においては「知っている」人の方が多い公演もあり、10回未満の来館者よりも主催公演の認知度が高いことが特徴的です。

ライト層の観客にも主催公演の魅力を訴えかけていくことが、今後吉祥寺シアターが地域に根付いていくうえで重要であるように思えます。

【回答数】
吉祥寺ファミリーシアター 167
吉祥寺ダンスリライト 169
吉祥寺ダンスLAB 171

来館年数別に主催公演の認知度を調べたところ、やはり「知っている」人よりも「知らない」人のほうが多い結果となりました。一方、11年以上の来館経験を持つ人においては「知っている」人の方が多い公演もありました。

来館年数別、来館回数別に主催公演の認知度をそれぞれ調べた結果として共通に言えるのは、11年以上の来館経験者、10回以上の来館者のいずれにおいても「吉祥寺ファミリーシアター」を「知らない」人が多いということです。大川さんによるとこの企画はまだ駆け出しということだったので、これからどのように根付いていくのか今後が楽しみです。

2. 来館者の消費行動の分析

【回答数】144

「シアター周辺のイメージ」への回答にもあったとおり、吉祥寺シアターは中心街と離れていることがこのマップからもわかります。駅周辺には飲食店やアパレルが豊富な商業施設(アトレなど)や大規模な商店街(サンロード)が存在する一方、吉祥寺シアターは目的がないと足を運ばないような、静かなエリアに位置します。

公演前後の購買活動については、約40人が、アトレ(アトレ内の店舗名含む)や駅ビルと回答していました。駅から吉祥寺シアターまでのアクセスを考えるとアトレでの消費行動が多くなるのも十分に納得できます。

吉祥寺地域全体で見れば小売店舗にも大きな商業利益をもたらしている一方で、東部地区に限定すると商業効果はあまり大きくないかもしれません。

3. 吉祥寺シアター周辺地域に関する分析

「その他」項目の回答
・渋滞する
・アニメイト、ゲームセンター、カフェ
・若者が多い
・特定の行きたい店が決まっている
・個性的
・人が多い
・地元の方が多い
・身近、少し親しみやすい
・個性的な店が多い
・成蹊大学
・いろいろあって面白い

【回答数】230

吉祥寺の全体的なイメージについては、「雑然としている」「騒がしい」といったマイナスイメージよりも、「買い物しやすい」「文化的」のようなプラスイメージの回答が多いという結果になりました。「その他」の項目の記述回答では、「個性的」という旨の回答が多く見られました。

大川さんは吉祥寺の特徴は「雑多」なところにあると仰っていましたが、今回のアンケート調査でもその「雑多」さを肯定的に捉えている方が多いということが示唆されます。

【回答数】218

吉祥寺シアターが周辺地域の環境浄化を目的に作られたことを考慮し、周辺地域が吉祥寺全体のイメージと違うかどうかを尋ねました。

結果、「変わらない」人が「吉祥寺全体のイメージと違う」人よりも約2倍多いという結果になりました。

【ゼミ生の一言コメント】個人的には結構意外に感じる結果。井の頭公園だったり、東急裏だったりのイメージが自分としては大きいから、ラブホテルがすぐそこに見えるような立地が「変わらない」になるのは意外だった。

【回答数】119

吉祥寺シアター周辺のイメージと吉祥寺全体のイメージが変わらないと回答した人が吉祥寺全体に対して抱いているイメージは上の図の通りです。「文化的」「買い物しやすい」「おしゃれ」「緑, 公園が多い」「飲食の街」という特徴はシアター周辺にも共通して抱かれているイメージであることがわかりました。

自由記述回答の例
・乱雑な雰囲気。昔程のピンクイメージは無いが、まだまだ場末の感じがする。
・古い飲み屋など多い。ラブホテルなど。良いと思いますが。
・劇場周辺は元々歓楽街なので
・このあたりは雑然としていて旧吉祥寺が残っている
・夜の街のイメージ。図書館などできて、少しは良くなっているようですが、、、。
・よくなった。以前は飲みやなど多く下品な感じがした
・雑然としていて昔は近くに風俗店が有ったと記憶しています。
・少し夜の街のイメージがある(前よりは明るいイメージになったが)

【回答数】57

一方、吉祥寺シアター周辺が吉祥寺全体のイメージと異なる理由としては、

・ゴミゴミ、道が狭い、暗い
・少し殺風景
・劇場だが、周辺には文化的な雰囲気はない。他に何もないエリアで、吉祥寺の中心街から外れている。

などといった、吉祥寺シアター周辺は風俗街・歓楽街の印象があるという否定的なコメントがよく見られました。

また、

・駅に近いのに、駅前の雑踏からは離れた印象があるから
・駅周辺はアトレ又は丸井が目立つが、チェーン店や古着屋さんのない奥まった生活圏の印象が強い(良い意味で)
・駅前のゴチャゴチャした雰囲気がなく、住宅地的な静かなかんじ

のように、吉祥寺の中心から離れているため静かで地味という印象を持っている人も多かったです。

吉祥寺シアターの周辺はエリアの環境を改善する努力がなされてきた歴史があります。そして昔から吉祥寺シアターエリアを知る人の回答からは以前と比較した変化を感じているコメントも複数みられ、環境浄化の形跡を確認することができました。

【回答数】201

シアター周辺の治安のイメージを尋ねると、多くの人は「良い」「まあまあ良い」と肯定的に評価しました。ただ初来館が11年以上前の人は「良い」と回答する割合が他の時期よりも少なくなっています。

このエリアは環境浄化の努力がなされてきたように、以前は歓楽街として治安がよくないと認識されていました。11年以上前に来館した人は現在のように環境が改善される前を知っているためにこのような回答になるのではないかと考えました。

総括

吉祥寺シアターは、もともと風俗街であった周辺のイーストエリアのイメージの改善のために建設された経緯があります。そして、ダンスや演劇といった芸術文化活動の発信地として、新たな街のイメージ作りの役割も担っています。

たしかに吉祥寺シアター周辺のイメージは改善されているものの、古参の来館者の方々や吉祥寺シアター周辺に対して独自のイメージを持つ方々からは周辺地域に対して否定的なイメージを持たれていることも明らかになりました。また、イーストエリアの改善についても、「吉祥寺シアターによって」なされていると感じている人は多くはないようです。

若手のためのダンス・演劇劇場として認識されつつある吉祥寺シアターが今後どのようなイメージ作りの役割を担っていくのか、そして駅周辺だけでなくイーストエリアに対してどのような経済効果を生み出していくのか、今後はその点に注目していきたいと思います。

吉祥寺シアター職員大川さんからのコメント

来場者の方々の意識や観劇前後の行動などを知ることのできる機会はなかなかないので、吉祥寺シアターにとって大変貴重な機会となりました。調査・分析をしていただきました「東京大学文学部小林真理ゼミ 吉祥寺シアター班」の皆さまに厚く御礼申し上げます。

ご来場者に来街者が多いことは予想しておりましたが、やはり近隣エリアでのお客様を広げることについては、まだ道半ばだなという結果でした。それと同時に、コロナ禍の収束後を見据えて、来街者の方々が(吉祥寺シアターのある)イーストエリアでの購買行動に繋げることのできるよう布石をうつ必要がありそうです。

吉祥寺シアター周辺のイメージが吉祥寺全体とあまり変わらないという意見が多かったのは意外でしたが、それだけ「吉祥寺」という街が多角的な面を持っているということなのでしょう。

主要な主催公演の認知度についてもまだまだ向上の余地があることが分かりました。ここからの継続で、吉祥寺シアターの取り組みをより一層広めていければと思います。

▶︎大川さんへのインタビューはこちら

付録

▶︎今回のアンケート調査で用いた質問紙についてはこちら
▶︎アンケート調査の集計についてはこちら

謝辞

吉祥寺シアターの大川様及び職員の皆様、関かおりPUNCTUMUN様、名取事務所様、この度は当アンケート調査にご理解、ご協力いただきまして、本当にありがとうございました。そして、来館者の皆様にもアンケートの実施においてはご迷惑をおかけしたこともあったかと思いますが、快く回答していただいたことに心より感謝申し上げます。今後、吉祥寺シアターがさらに地域から愛される存在になられることを、班員一同祈念しております。

2022年3月
東京大学文学部小林真理ゼミ
吉祥寺シアター班 班員一同

「地域」の劇場に秘められた可能性とは?〜吉祥寺シアター来館者アンケート調査” に対して1件のコメントがあります。

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