恐れない変化、守るジャズ文化〜音吉!MEGオーナー・柳本信一さんインタビュー〜

(画像:オンラインでのインタビューの様子。右下が柳本さん)

1. 「音吉!MEG」とジャズ

ー(高山)柳本さんにお話を伺おうと思った経緯ですが、吉祥寺を散策していたらジャズ喫茶やジャズバーが多いということを知ったんです。興味を持って調べたところ、寺島靖国さんと野口伊織さんという二人の立役者によって吉祥寺はジャズの街になっていったということを知り、そこで寺島さんのお店を引き継がれた柳本さんに伺いたいと思いました。まず最初に、MEGというお店の歴史と、柳本さんがお店を継がれた経緯について教えてください。

寺島さんがこの店を開いたのは1970年。おっしゃった通り、野口さんとお二人で競うようにして吉祥寺近辺に店を展開していったんですね。寺島さんは最盛期は5店舗くらい出していたと思います。吉祥寺は元々学生が多い街、若い人が多い街という特性があって、1960年代から80年くらいにかけてジャズ喫茶が林立していたんですね。当時はジャズのレコードってほとんど輸入品で、非常に高かったんですね。学生がホイホイ買えるような金額ではなくて、だからこそお店でレコードを聴くことができるジャズ喫茶が流行ったんです。

寺島さんはジャズ評論家・オーディオ評論家として高名な方で、私は元々寺島さんのファンだったんです。他の評論家とは違って、良いものは良い、悪いものは悪いとはっきり書く人で、それでいて非常に楽しい文章を書くところが好きで。ある日吉祥寺のオーディオユニオンで偶然寺島さんに出会ったんです。図々しく「寺島さんのファンです」と伝えたら、「オーディオ研究会というのを毎月やってるから遊びに来なさいよ」と言っていただいて、それから付き合いが始まりました。それが10年くらい前ですね。そこからはお互い気が合ったのか、お互いの家を行き来して、友達と言うにはちょっと年上なんですけど、そういう関係になりました。

でもその時点ではメグを継ぐなんて全く思ってなかったんですね。ただ今から4年半くらい前に、寺島さんと研究会の後で偶然2人になるタイミングがあって、その時に「柳本さんこの店継がない?」と言われたんです。最初は「継ぐわけないじゃないですか」と。私は23歳の時から会社員をして、そのあとは独立してマーケティングリサーチの仕事をしていたんですね。ですが翌日になって「待てよ、もしかしたらこれおもしろい話かも」と思って、「もう少し話聞かせてください」と。私がいた会社では何かあったら「飛べ」という教えがあって、飛んだほうがいいっていう波をその時感じたんです。それで結局、次に会った時くらいには継ぐことを決めちゃいましたね。飛んでしまったんです(笑)

ー(高山)飛んだんですね(笑)飛んだときの根底にあった想いや、今MEGを運営されている中で大事にしていることはありますか?

お店を継いだ時は、吉祥寺の文化とかジャズ文化とか、そういうことへの想いやこだわりは特に持ってなかったんです。持ってなかったけど飛んでみたという(笑)ただ今は特に、ジャズのライブという文化を守りたいという想いは持っています。

ジャズをよく聴く人は、ジャズの全盛期と言われる60〜70年代のアメリカのジャズのファンだという人が多いんですが、そういう60〜70年代のアーティストって、もうみんな死にかけてるんですよ(笑)だから、基本的には彼らの当時の演奏を納めたレコードを聴くことが多くて、私もこの店継ぐまではジャズのオーディオが好きだったもので、日本人のジャズのライブにほとんど行ったことはなかったんです。お店を継ぐことが決まってから、それからライブに行ってみるようになってから、こういう人たちがいるんだ、うまいじゃん、ライブっていいじゃんと思ったんですね。今はもうオーディオよりもライブへの興味がどんどん増していって、お店の休日には他の店のライブを観に行っています。

お客さんでも、実はライブって行ってみると素晴らしいじゃんって言う人が多いんですね。うちはそれなりに良いミュージシャンに出てもらってるお店だと思うんですけど、一番遠くても5mぐらいのところでその音楽が聞ける。実際に生で音楽を聞いてみると、すごく迫力と魅力みたいなものがあって、取り憑かれてしまう人が多いです。

ジャズのミュージシャンって、ものすごく練習熱心なんですよ。だから、彼らの技術的にもすごく上手でクリエイティブな音楽に、ライブでもっとたくさん触れてほしいと思いますね。

ー(福田)なるほど。ジャズのライブの魅力が伝わってきました。良いミュージシャンに出てもらっているという話がありましたが、MEGが良いミュージシャンをブッキングできている理由が何かあるのでしょうか?

最初は全然知り合いがいなかったから、ブッキングしてくれる会社に任せたんです。そしたら玉石混交で、石の方が多いくらいだったんで(笑)半年後くらいから自分でブッキングを始めました。結果的にそれが成功して、ミュージシャンといえるのかというレベルの人は全然いなくなったし、ジャズの中ではトップといえる人とライブを展開しているところまでなんとか来れました。

そういうトップクラスのミュージシャンは六本木や銀座といった街のライブハウスにたくさん出てるんですけど、だからといって吉祥寺のお店に出てくれないかというとそんなことはなくて。そういう人たちをずっと、六本木とか銀座よりも安く、しかも圧倒的に近い距離で観れるライブをつくるということは意識していますね。

休みの日に他の店のライブに行くという話をしましたが、何のために行くかっていうと、そこに出てる人に挨拶をしに行くんですよ。やっぱり待ってるだけじゃダメで、自分から直接「ぜひ出てください」と言いに行くと、OKしてもらえることが多いです。最初は「こんなすごい方に声かけていいのかな」と思っていましたが、場数を踏んだら慣れましたね。そういうことをするジャズの親父って珍しいんだと思います。やっぱりオンリーワンになることが大事なのかな。

今では、MEGのスケジュール表を見て「ずいぶん良いミュージシャンが出るんですね」とミュージシャンの方から言ってもらって、そこから「じゃあ自分も」と他の良いミュージシャンに出てもらえるようになったので、これを続けていきたいと思っています。

ー(福田)なるほど。その姿勢は勉強になります。柳本さんはオーディオ・ライブとまたがってジャズを愛好していらっしゃると思うんですが、やはりジャズというジャンルへのこだわりは強いんですか?

私自身はジャズだけじゃなくて、クラシックもポップスも聞くし、サブスクで先月一番聴いたのは藤井風だったんですよ。時々店でもかけて顰蹙買ってますけど、別にジャズじゃなきゃダメということは全然なくて、良いものは良いというスタンスです。エルトン・ジョンも好きだし、マイケル・ジャクソンも好きだし、プリンスも好きだし、ジャズも好きだっていう。

やはり、ジャズを好きな人の中にはそういうスタンスを認めない人もいて。「マイケルジャクソンが好きです」と言うと、なんだこいつと言われたり。私がお店を継ぐと寺島さんが紹介してくださった時に「ロックもポップスも聴きます」と言ったので、「え?」みたいな感じでみられてた時期もあるんじゃないかなと思いますね。だからMEGはだめだと思って、離れていった人もいたんじゃないかなとは思います。

それでも私はやっぱり良いものは良いと思うので、ミュージシャンにも「藤井くんの『きらり』演奏してよ」とか言ってみたりして、僕自身が楽しいと思える、好きな音楽だと思えるものをどんどんやっていきたいという気持ちですね。

2. コロナ禍における覚悟と挑戦

コロナ禍の中で、どのように店を経営されてきたのか伺った。

私の店も今は蔓延防止措置中(取材時は2022年2月上旬)なので、夜のライブ部分のみ営業しています。お客さんには事前予約をして来ていただいています。でも、全盛期のジャズを楽しんできた人たちが今や高齢化して、コロナの重症化率や死亡率が高い年齢層にあたるので、その影響を受けて経営は厳しいですね。今は国からの休業協力金のおかげで、なんとか経営を続けられている状態ではあります。客席の定員も、本来なら30人入るところを15人にまで減らしています。コロナ禍の影響に加え高齢化の波も受けて、店仕舞いをする所も少なくありませんでしたね。

ー(中島)そうだったんですね。アーティストと客席の距離が近いように見えるのですが、どれくらいの距離なんですか?

実は1mくらいなんです。この近さは来ないとわからないですね。話だけ聞いても、店に来るのは結構ハードルが高いと思います。どうしたら若い人にこのコロナの後に戻ってきてもらえるかは、模索中です。コロナ禍の影響で、お客さんを入れることができない時期が結構ありましたから。オンライン配信は便利ですが、やはりその場でないとわからないものがあると思うんです。自宅近くの行きつけの飲み屋に行くと、そこの人を店に誘ったりするのですが、来店してみて初めてこの店の雰囲気がわかることが多いみたいです。

ー(福田)ジャズのライブというものを文化として残していきたいという思いと、ビジネスとしてやっていくことの両立は難しくないのでしょうか?

七転び八起きみたいな状態ですが、それでも好きだからやっていけるんです。店で演奏してくれるミュージシャンのためにも、こういう場を残したい気持ちはすごく強いです。お客様がただでさえ少ない中で、演奏する場所まで消えちゃったら本当に日本のジャズが終わりになってしまうと思います。コロナ禍を受け休業する店は多かったんですが、うちは一切休業しませんでした。なぜかというと、店には休業協力金が出ますが、ミュージシャンには1円も出ないんです。このままだと、ジャズをする人がいなくなってしまうかもしれないと思ったので、休業協力金の半分はギャラに回して、さらに配信の設備を整えるなどして全部使ってしまいました。それに、クラウドファンディングもやりました。とにかく継続させるためには何でもやってきたんです。

コロナ禍の中、あるところで配信というものをやっていると聞き、見に行きました。そこで「これだ」と思い、知り合いを通じてYouTuberを1人雇って特訓してもらいました。毎日YouTubeに配信しているんですが、最近では、音声の質をいじるイコライジングや画像編集などがすっかり趣味になっています。ミュージシャンの方からも、「音もすごく良くなった」と言われるようになったんで、進化はしてるんじゃないかなと思っています。

ー(髙山) ジャズの文化を守ることへの使命感を感じていらっしゃるのですね。

使命感というか、思いですね。去年の売り上げのうち3分の1は配信から出たものでした。オーディオが好きだから何とかなるのではないかと思いましたが、全然違う世界でした。事故もあったし、怒られもしたし。60歳を過ぎると新しいことにチャレンジするのは結構大変ですね。でも、切羽詰まると難しいこともできるんだなと思いました。

ー(髙山) 新しいことに果敢にチャレンジするのは、大変ではなかったのでしょうか?

「音が良くない」とか「音がズレてる」と言われ続けて、何ヶ月間も悩んだ時期もありました。今考えてみると、あのときよく辞めなかったと思います。結構負けず嫌いなんだと思います。やろうと思えばまだまだ進歩できると感じていますね。

3. 吉祥寺・武蔵野というまちについて

柳本さんと武蔵野/吉祥寺の関係について伺った。

生まれは武蔵野市の武蔵境なんですが、大学出てから武蔵野市に住んだということはないですね。吉祥寺は大好きで、子供の頃は武蔵境から2駅ですからよく歩いて遊びに行ってました。

ただ、ジャズ喫茶っていうのはほとんど行ったことがなくて。1回入ったんだけど雰囲気がすごく悪くて、コソコソと逃げるように帰ったんですよね。難しい顔して腕組みして音楽を聴いてて、楽しくなさそうだったんで。どの業界もそうだと思うんですけど、知識量がヒエラルキーを決定するという感じがあって、ちょっと馴染めなかったですね。

こんな感じで、小さな箱で、目の前で聴くってことは全然やってこなかったんですけど、いざ自分でやってみたらすごい面白いっていう。これはぜひ、吉祥寺の文化でっていう訳ではないんですけど、次の世代以降も続けていきたいですね。

ー(髙山)他のまちとの違いについてどうお考えですか?

銀座とか渋谷とか六本木とか、こういうところにもジャズのライブハウスはあるけど、やっぱり高いんです。もちろん自分自身が港区に住んでいれば高いと感じなかったかもしれないですけど。チャージで5、6千円とかだと、支払いは一回1万円を超えてくるんですよ。この世界はちょっと私には作れない。

ただ、そういうところに出ているトップクラスの人たちが吉祥寺のお店に出てくれないかというとそんなことはないです。むしろそういう人たちを六本木とか銀座よりも安く、しかも圧倒的に近い距離で見てもらえるように心がけていますね。

ー(福田)住みたい街と言われていることについて、どうお考えですか?

私、ほとんど中央線沿線にしか住んだことがないんですけど、やっぱり吉祥寺は一番楽しい街ですね。適度に商業集積が駅前にあって、その周りが全部住宅街なんですよね。だから駅に近いところであれば、おしゃれな店とか、古着屋さんとか、古本屋とかが適度にたくさんあるので。そういう意味では大好きな街ですね。

ー(中島)やはり中央線沿線に馴染みがあるんでしょうか?

中央線っていう何か一つの文化が、学生が多いとか、ライブハウスが多い、美味しい安い店が多いとかがありますよね。なんかそういう中央線LOVEではありますね。

ー(福田)僕たちは武蔵野市っていう区切りでゼミとしてはやってますけど、中央線沿いとして見てみるっていうのはすごい面白いですよね。

僕が考える中央線って、高円寺から国分寺まで。新宿に行くとなかなか自分の街じゃないというふうに感じます。あそこは遊びに行くところであって、暮らすところではない。武蔵野市はもちろん好きですけど、僕は中央線が好きっていう方が強いかもしれない。なんか独特な雰囲気かな。

吉祥寺は結構大きいまちですけど、他の高円寺から国分寺までは、まちとしてはちっちゃいんですよ。だけど、昔から馴染みのあるまちなんですよね。JR東日本が「中央線が好きだ」っていうキャンペーンをやってたんですけど、それを見た瞬間に、これだこれだというのはありましたね。

ー(中島)確かに武蔵境と吉祥寺とかって全然違いますよね。

全く違います。吉祥寺はやっぱり東京24区と言われるくらい、ちょっと違いますね。ただとっても親しみやすい、良い都会。僕に言わせると、新宿とか六本木は全然楽しくない。帰りの電車のことを考えると遅いのは嫌だとかね、なんかそんな感じかな。

武蔵野市っていう限定をすると、昔の人の吉祥寺は違うんですよ、全然。僕が子供の頃の武蔵野市って畑ばっかりだったような所で、当時からやっぱり吉祥寺は栄えてたので、デパートが3軒あったし。我々の年代になって、どんどん撤退しちゃったので。ただやっぱり便利だし、やっぱり暮らしやすい。(吉祥寺は)庶民の街ですよ。

ー(福田)吉祥寺でお店をされている人のリアルな感覚として、お話聞いててすごく面白いなと思いました。

やっぱり落ち着く場所です。誰しも故郷があれば、そういうものだと思います。そういう意味では中央線ラブかもしれない。

4. 取材を終えて

取材の中で見えてきた、柔軟かつ変化を続けていらっしゃる柳本さんの姿が印象的だった。

一つには、ジャズというジャンルにとらわれず「良いものは良い」というスタンスで音楽を楽しんでいらっしゃる点。そして、今までの仕事とは180度違うライブハウス経営という仕事に挑戦され、コロナ禍という未曾有の事態の中でも、新しいライブハウスの形を模索されている点。もう一つは、吉祥寺という地域性にこだわり過ぎず、あくまでジャズのライブ文化、アーティストを守っていくことに注力していらっしゃる点だ。

特に、吉祥寺という地域を超えてジャズの文化を守りたいという思いには、感銘を受けた。吉祥寺というまちに焦点を当てて調査してきた私たちだが、文化とまちの結びつきをより広い視野で捉えてみることも大事なのかもしれない。

<お店の情報>
「音吉!MEG」:吉祥寺の老舗ジャズ喫茶「メグ」を継いで2018年に誕生した。
住所:東京都武蔵野市本町1-31-3
Tel:0422-21-1421
HP:http://otokichi-meg.net

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