まちに開いたアートで日常を面白く。テラッコ経験者・吉田絵美さんインタビュー

2011年から数年間、TERATOTERAボランティア(=テラッコ)として活動された吉田絵美さんにお話を伺いました。

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(左上が吉田さん、右下Teraccollectiveの佐藤さんも様子を伺いに参加してくださいました。)

TERATOTERAでの活動

今は、世田谷美術館の教育普及プログラムを担当するセクションで学芸員をしています。大学院修了後、世田谷美術館や他県の美術館での非常勤学芸員を経て、昨年4月より常勤で勤めています。大学院修了後、世田谷美術館や他県の美術館での非常勤学芸員を経て、昨年4月より常勤で勤めています。大学ではもともと近現代美術や美学などを勉強していましたが、大学3年の3月に東日本大震災があり、自分の進路を改めて考える機会となりました。

アートと社会の関係性について深く考えたいという思いに至り、4年生になった2011年の5月にTERATOTERAの説明会に初めて参加しました。TERATOTERAのディレクターである小川希さんがやっていたアートプロジェクトの0123(※1)も2011年に募集していて、そちらにも参加し、隔週でアーツ千代田3331(※2)でいろんな様々なゲストによる授業を受けながら、テラッコの活動を始めました。

※1  2010年から2019年にかけて開催された、アートプロジェクトを実践的に学ぶ講座。
※2 千代田区にあるアートセンター。展覧会やワークショップなどを開催。(https://www.3331.jp より)

ーTERATOTERAに集まる方は、様々なバックグラウンドをお持ちなのではないかと感じているのですが、その間口の広さに惹かれたのですか。

そうですね。最初に応募したときにはまだ全然実態がわかっていませんでした。なんとなくインターネットで検索していて、テラッコの募集ページにたどり着いたのですが、参加条件が厳しくなかったんです。2011年の秋に大きいフェスティバル形式のものをやるということは5月にわかっていて、そのためのボランティアの募集という感じでした。

ーそれが、吉田さんが携わられた「オーケストラTOKYO-FUKUSHIMA!」(※3)ですか。

そうです。私は「オーケストラTOKYO-FUKUSHIMA!」チームになり、社会人の方が多くて私は年下の方だったんですが、じゃんけんか何かでチームリーダーになりました(笑)。

※3  2011年度に行われた「TERATOTERA祭り 特別企画TOKYO-FUKUSHIMA!」のプロジェクトの一つ。大友良英をはじめとするアーティストが参加した野外ライブ。(『​​TERATOTERA 2010→2020 ボランティアが創ったアートプロジェクト』より​​​​)

ー年次や年齢に関係なく、吉田さんが皆さんをまとめていたのですか。

はい。チームリーダーは定期的に会議があり、チームが決まってから本番の10月まで毎週のように集まっていました。

ー「オーケストラTOKYO-FUKUSHIMA!」の際に集まったテラッコの方々は、武蔵野市周辺にお住まいの方が多かったのですか。

周辺の方もいましたが、都内近郊から集まっていました。私も、その時は中央線にあまり縁がなかったです。今とは違って、2011年当時に都内のまちなかで展開されるアート系のプロジェクトというのは、それほど多くなかったのではないかと思います。特に行政が資金面で大きく支援する地域アートプロジェクトは、この前後から増えてきた印象です。ただ、中央線沿線は元々サブカルチャーなど独自の文化も強いですし、TERATOTERAの場合は、小川さんが吉祥寺で既にArt Center Ongoingをやっていたからこそ始められたプロジェクトかと思います。やはりそういった文化の地盤・基盤があってできたプロジェクトなのではないでしょうか。

ー「オーケストラTOKYO-FUKUSHIMA!」の際、ボランティアの方々がチャレンジングなことを任されることがあったのではないのかなと思います。どんな雰囲気でしたか。

2011年にボランティアをかなりの人数で募集したのだと思うのですが、おそらくその時初めて(アート系イベントのボランティアに)参加した人も多かったかと思います。だからこそ、変なヒエラルキーもなく気軽に意見を出し合うことができたのではないかと感じています。

ー純粋にやりたいと思った人が入りやすい雰囲気だったのですね。

入るにあたってのハードルが、良い意味で低かったと思います。経験を求められず、テラッコ自身が楽しむことが大事にされていました。ディレクターの小川さんは、特に「とにかく面白いものをやろう」というスタンスを提示してくれていたので、「ここに来たら何か楽しいことがやれるのかな」という気持ちで参加することができました。コミュニケーションを取れる機会も多くて、飲み会も多かったです(笑)。当時私は学生でしたが、他のほとんどの人は社会人で、土日や休暇を使ってボランティアとして参加しているので、それが仕事的になりすぎるとこんなに楽しく参加できなかったのではないかと思います。

ー中央線沿線でアート系イベントを行う中で、地域住民の方と連携する場面もあったのではないかと思いますが、どのような困難がありましたか。

2012年頃、西荻窪で「西荻映像祭」(※4)というアートイベントをテラッコのメンバーで考えて立ち上げ、TERATOTERAの一つのプロジェクトとして開催しました。ゼロベースからの企画で、私を含めテラッコメンバー3人で開催場所を探すところから始めたので、地域の人とやりとりする場面ばかりでした。主に店舗を使って作品を展示させてもらうプロジェクトだったので、とにかくお店に通う日々でした。まずは利用者としてお店に食べに行って、話をして、「こんな事を考えてるんですがどうですか」といった感じで。その時私は西荻窪に住居を移していたんですが、活動するなかで強く感じたのは、何かを地域をで行う時、その地域にいることが当然大きく作用するという事です。自分が日頃そのまちでどのように過ごすのかという視点もとても重要でした。

※4  2012年度に行われたTERATOTERA祭りのプロジェクトの一つ。JR西荻窪周辺の13店舗を会場に開催された。(『​​TERATOTERA 2010→2020 ボランティアが創ったアートプロジェクト』より​​​​)

ー地域に溶け込みながらやっていくという感じだったのですね。TERATOTERAでした活動が今の学芸員としてのお仕事に繋がっていると感じるものはありますか。

「西荻映像祭」など、ゼロから企画を練らせてもらったことや、自分自身ボランティアとして関わった上で事務局スタッフも経験させてもらえたことは大きいですね。事務局スタッフだった頃は、ボランティアが企画を生み出し、プロジェクト全体の大きな原動力になっていく過程に関わり、ボランティアがイベントなどのサポートだけでなく、企画自体を作ることの意義を考えさせられる場面も多々ありました。そのような経験もあってか、現在の仕事では美術館の利用者と近い距離で接することの多い「教育普及セクション」の配属になったのかもしれません。展覧会は不特定多数のお客様に向けて開催しますが、美術館の教育普及プログラムでは、参加者と顔をつきあわせて開催するイベントを行うことが多いです(新型コロナウイルス感染症の影響で、一部オンライン開催になっているものはありますが)。

また、美術館のボランティアの方々と一緒にワークショップを企画・運営する機会も頻繁にあります。具体的には、展覧会の鑑賞プログラムや工作系ワークショップ、アーティストを講師として招き、子どもから大人までを対象としたプログラムなどがありますが、どれもTERATOTERAでやっていたことと実は全然遠くなくて。美術館という”揺るがない拠点”がある点については大きな違いですけど、やり方や人との付き合い方は共通する部分もあります。

TERATOTERA ホームページより)

ーTERATOTERAの活動が、アートを地域で展開するという点で、現在のお仕事に繋がっていらっしゃるんですね。

そうですね。アートプロジェクトやイベントにボランティアが関わる場合、”ボランティア自身が楽しむ”ことはとても重要だと思います。地域のためといって、誰かが単にやらされているイベントになってしまったら、魅力的ではなくなってしまうのではないのでしょうか。

とはいえ、来場者や地域の人を本当に巻き込んでいるのかという冷静な検証も大切ですよね。TERATOTERAにボランティアとして参加しているときは、イベント実施に向けて奔走することに必死で、そういったことにはあまり目を向けることができていなかったかもしれません。でも、地域にとってなじみがある場所で開催されていたことは、住民の方々に多少なりとも影響があったのではないかと思います。

例えば吉祥寺の大型商業施設や公園での展示は、アート作品を観に行く目的でなくても訪れる場所なので、偶然にも興味を持ってくれた方は多数いると思います。また、TERATOTERAが1回きりではなく10年間やっていたことによって、はっきり成果として目に見えなくても、毎年秋にイベントをやっているという認識はきっと広まっていたのではないかと思います。

TERATOTERA ホームページより)

街中でアートを展開すること

「TERATOTERA祭り」では、住宅街にある廃屋が作品の展示会場のひとつになっていたこともありました。そこでは怪しい真っ赤なライトが照らす室内で焼き肉をしているアーティスト(=和田昌宏さん)がいて。その横をサッカー少年たちが通りがかって「なにこれ?」って感じで寄っていってくれたんですよ。それは「あ、これは街中でやらないと起きない出会いだな」と感じた瞬間でした。

やっぱりそういう人にアートをみてほしいなという気持ちはあります。アートに関心がある人は、常にSNSなどでイベントや展覧会情報にアンテナを張っていると思うのですが、中央線沿線のまちなかで開催していたTERATOTERAの場合は、通りすがりに偶然アートに出会えてしまう可能性があります。それを目の当たりにしたのはその時でした。

ーふらっと気軽にアートに触れられる場所を作るということが、地域でアートを展開するということなのでしょうか。

一つはそうだと思います。アートに馴染みのない人も、美術館のようなアートの展示を目的としていない場所で開催することで目に触れることができます。

もう一つは、まちなかでやる時、アート関係者じゃない方たちと交渉、そして協働することになるんです。例えば喫茶店のマスターの方とか。そういう方に対して「こんな企画をここでやらせてもらうことはできますか?」とか「こんなふうにこの場所を使わせてもらえたら・・」というふうに相談すること自体、地域の方たちとの関わりで濃い部分だと思っています。地域でお店をやっている方やその場所のオーナーが「うちを使って面白いことやってくれてる」と感じてもらうことも重要ですね。

ー訪れる方だけじゃなくて、地域でお店を構えてらっしゃる方にもアートを身近にしてもらう活動ということですか。

はい。店の方たちはもちろん地域を構成する方たちなので。そのお店からまた「今こんなのやってるよ」と近所の方々に教えてくれたら、影響力は大きいなと思いますね。

アートと人々を繋ぐ、アートを身近にする

ー吉田さんはアートを広く多くの人にとって身近にする活動をされてきたと思います。アートと人々を繋ぐことでどういう影響があればいいとお考えですか。

「アートと人々を繋ぐ」ということはTERATOTERAや現在の仕事を通じてよく考える部分ですが、そもそも「アート」と「人」は分かれてるものじゃないなと。アート作品には社会性や人同士の関わりのなかで起こることが反映されていたりして、当たり前ですが、人という存在がなければアートは成り立たないと改めて感じています。

その前提の上で、アートに出会うきっかけづくりをしていきたいと思いますね。アートは、今や一部の人だけのものではなく、誰でも享受することができるはずですが、「知識がないと観られないんじゃないか」とか、「特に現代アートがわからない」と思われることはまだまだあります。まちなかを会場とする地域アートプロジェクトは、このハードルを下げてアートに出会いやすくなる機能があると思います。現代アートは社会を反映していたり、日常や現実と対峙するものもあると思うんです。

ー美術館に行くってちょっと身構えてしまう気がしますよね。

そうかもしれませんね。実はそれをどう和らげるかは美術館の教育普及担当の使命のひとつにあると思っています。例えば、区立の小学生全員が必ず美術館に来館する「美術鑑賞教室」といった取り組みは、アートに出会う機会を作ることにつながっていて、地域アートプロジェクトであるTERATOTERAを通じて考えてきたことと共通する部分が多いです。

ー現在、アートを身近にする活動の中で意識されていることはありますか。TERATOTERAの活動で得たことをどう繋げていますか。

TERATOTERAはボランティアに参加する時の条件がほとんどありませんでした。それって結構珍しいことでもあると思うんですよね。アート系のボランティアは面接や研修がきっちりあることも多いです。TERATOTERAは、ボランティアを選んでいるわけでもないのに、面白い方が集まっていて非常に楽しかったのですが、偶然か必然か不思議ですね(笑)。でも、誰でも受け入れてくれる雰囲気が、プロジェクト全体に滲み出ているのかもしれません。

ー世田谷美術館でもそういったことを実際にされているんですか。

そうなんです。基本的にボランティアの参加条件が全然無く、年齢も幅広いですし、活動頻度も個人個人にお任せしています。

ーTERATOTERAと似た環境なんですね。

はい。ある程度自由があることがボランティア発の企画につながる、ということは、TERATOTERAと共通して現在も日々感じています。

でも、ボランティアも色々です。やることが定まっていたほうが活動しやすい、という方もいると思います。その場その場でフィットするボランティアのあり方が存在するのだと思います。TERATOTERA10周年の記録集に「ボランティアが創ったプロジェクト」と副題がつけられていたのは、自由にできる雰囲気・土壌があったあらわれだと思います。

小川さん(TERATOTERAディレクター)とボランティア

ーボランティアで集まった方と小川さんとの距離って近かったんですか?直接お話される機会もあったんですか。

小川さんは、毎回のボランティア会議にはもちろん、プロジェクトの現場にも必ずいましたし、ボランティアのみんなにとっても相談しやすかったと思います。小川さんが運営している吉祥寺のArt Center Ongoingにもみんなよく集まっていました。

ボランティアの企画についても、あるとき飲み会で小川さんに「こういうのやったら面白そうですよね」という話をすると、「来年のTERATOTERAでそれやったら?」というような流れで企画が進んでいました(笑)一見野放しにされているようにみえますがそういうことでもなく。小川さん自身、アーティストとイベントを作っていく経験がとても豊富な人だったので、テラッコがうまくいかない時も現場目線でアドバイスしてもらえていて、ディレクターの信頼感はTERATOTERAの中で大きかったと思います。

アートのこれからと、武蔵野市について

ーアートに関して、地域にどのような活動があったらいいとお考えですか。

活動の内容はなんでもいいというわけではありませんが、気軽に参加できる雰囲気があってほしいですね。あと私個人としては、そもそも、自分が活動したり仕事をするエリアと生活圏が近いほうが好きなのかもしれないです。

ー西荻窪の時みたいに?

そうですね。自分が住んでいる地域だからこそ本気で取り組めるというか、面白さは感じます。もちろん、誰もが移住してまでやる必要はないと思いますが。その地域に暮らしてみることで、活動のビジョンも現実的なものになり、説得力も生まれるし、その地域の人に受け入れられやすくもなると思います。違う地域に住んでる人がいきなり「この地域でアートプロジェクトやります」と言っても、なかなか通じにくい部分がどうしてもあるように感じます。地域の人が中心メンバーとして活動を起こして、そこに様々な地域の人がボランティアで関わっていき活動が大きくなることは全然ありえますし、想定外な面白い展開にも発展すると思いますが。昨今、行政主体の地域コミュニティプロジェクトも少なくないと思いますが、地域内外の人々とうまく協働しながらできるといいですよね。

ー別のインタビュー(※5)で、「アートと人々を繋ぐ魅力的な接点をどのように作り出すか探りたい」とおっしゃっていましたが、具体的にどういうものが魅力的だと感じますか。

前の質問でお話ししたように、通りすがりの小学生がアートに出会える、というような接点づくりは大事だと思いますが、それとは別に、アートと人々を繋ぐ上で、根本的な部分ですが「面白いかどうか」はすごく重要だと思います。全国各地で芸術祭が開催されるようになり、大規模なイベントでなくても各エリアで文化的なイベントは圧倒的に増えていると思いますが、クオリティは常に考えなければいけませんね。簡単なことではありませんが。

※5 「TERATOTERA 2010→2020 ボランティアが創ったアートプロジェクト」より

ーアートが身近でない人にも伝わる、わかりやすさも大事になりますか。

広報をどのように打つかも大事ですね。アートイベントの紹介文を小難しくチラシに書かないとか、ちょっとしたことでも。イベント名をわかりやすくするのも策かもしれません。「TERATOTERA祭り」も、その普遍的な名称が良かったのかも・・。

ー武蔵野市は、気軽に地域住民の方が集まって意見を交わして自分たちで街のことを考える雰囲気があります。TERATOTERAのような先進的なことをやれたのは武蔵野市だからこそかなと思います。

TERATOTERAが10年くらい活動を続けてこれたのは、その地域性が外せない点だと思います。元々中央線沿線には文豪が暮らしていたり、アニメーションスタジオがあったりと、文化の風土は強いように思いますが、その影響も脈々と流れているのかもしれませんね。

ー最後に、吉田さんの思うアートの面白さとは?

一言では言えませんが、見たことのないものに出会えるかもしれない、という期待を持つことができたり、普段目にしている世界や物事を新しい視点で見ることができる、ということかと思っています。

ーアートと人々をつなげることで社会全体で相互理解が進むのではないでしょうか。お話いただきありがとうございました。

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