武蔵野アール・ブリュットの歩み-誰もが表現し、受容し合えるまちへ-

 武蔵野市の市民協働のアート展として2017年から毎年開催されている「武蔵野アール・ブリュット」。ここでは、第1回・第2回の展覧会では武蔵野アール・ブリュット実行委員会の実行委員長として、第3回以降はアドバイザーとして関わっている酒井陽子さんにお話を伺いながら、これまでの歩みを振り返り、地域における文化のあり方を考える。

*アール・ブリュット:フランスの芸術家ジャン・デュビュッフェが提唱した概念で、一般的に、既存の芸術教育を受けていない表現者による表現のことを指す。英語ではアウトサイダー・アートと訳される。日本語にすると「生(き)の芸術」。

多様性あるまちづくりを目指して

 武蔵野アール・ブリュットは市制施行70周年記念と東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた市の事業という2つを軸にして始まった。その経緯について酒井さんはこう語る。

「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が決まってしばらくして、当時の市長から、武蔵野市でアール・ブリュットをやりたいと思っているのだけれど、どうかなとのお話がありました。ロンドンオリンピックで障害者理解が進んだというのもあって、市長は、オリンピックを契機に武蔵野市の変化を期待しているのだと感じました。
 そして、吉祥寺の中心地に武蔵野市立吉祥寺美術館があるのに、市民の多くは美術館の存在を知らない。そこで、アール・ブリュットの企画を通して吉祥寺美術館を周知することで、美術館を起点に美術を楽しむ人も武蔵野市に来て、商業もさらに活性化するというまちづくりを市長としては考えているのだなと思いました。
 その提案を受けた私としては、日本のアール・ブリュットでは知的障害の方の作品に焦点が当たることが多いのですが、もともとフランスで始まったアール・ブリュットやアメリカに派生したアウトサイダー・アートの概念とはずいぶん様子が違っていて、そこに違和感を感じていました。つまり、もともとのアール・ブリュットは芸術を学んだり芸術家として名を馳せたりしている人ではない市井の人々がとても素敵なものを作っているということだと思うのですが、日本では知的障害者の作品がアール・ブリュットだと理解されるようになっています。そこで、それだけに限らず、美術を学んでないけれども自分で好きでいろんなことを続けていたり、自分の表現のツールとして創作活動をしている人たちもクローズアップして、アール・ブリュットを多様性という言葉でより広く捉えたいと市長に伝えました。すると、市長は吉祥寺の活性化、まちづくりが多様性と結びついたのだと思いますが、納得していただき、やりましょうということになりました。」

市民協働の展覧会

 武蔵野アール・ブリュットは市の事業でありながら、市民協働の形をとっているのが特徴だ。具体的には、市民による実行委員会を組織し、(公財)武蔵野文化事業団、武蔵野市の三者共催で行われる。なお事務局は、第1回(2017年)は武蔵野市の健康福祉部の障害者福祉課、第2回(2018年)からは武蔵野文化事業団の吉祥寺美術館が務めている。
 また、実行委員会には多様なメンバーが参加していることも特徴だ。障害者支援に携わっている方や保育園のコーディネーター、大学の先生など、一つの分野に限らず、様々なバックグラウンドを持った市民から構成されている。さらに、公募作品からの展示作品の選定には芸術を専門にする大学の先生などが、展示会場のレイアウトなどには監修者として、自らも個展などを開催するアーティストが関わっている。
 以上のように多様なメンバーが関わることによって、それぞれのメンバーからの様々な視点が取り入れられた事業が展開されている。

これまでの展覧会

 それでは、これまでに4回行われた展覧会はどのようなものであったのだろうか。ここでは、それぞれの展覧会のテーマ設定の経緯や展覧会の様子などについてまとめる。

第1回(公募展) 武蔵野アール・ブリュット2017 ヒトが表現するということ
*日程:7月7日(金)〜10日(月)
*会場:吉祥寺美術館、ギャラリー永谷1・2、アートギャラリー絵の具箱
*来場者数:2,856名

 第1回は公募展として「武蔵野市に何らかのゆかりのある方」という広い応募者資格の基準のもと、作品を募集し、198作品の応募のうち120作品を展示した。また、吉祥寺美術館を中心とした4つの会場を設けることで展覧会の来場者にまちを周遊してもらえるようにした。
 各展覧会のテーマは実行委員らの綿密な話し合いによって決められる。第1回のテーマは、社会は人と人との関わりで構成されており、生きていく上で自分以外の人に自分の考えや気持ちを伝えたいという欲望が多くの人に共通しているのではないかなどの問題意識のもと、人間が表現するとはどのようなことかを来場者に実感してもらいたいという意味で「ヒトが表現するということ」に決まったという。
 関連イベントとしては、公募展の審査委員の方々によるパネルディスカッションやアール・ブリュットに関する映画の上映会、参加型ワークショップなどが行われた。
 また、展覧会に対する来場者の反応について、「大好評だった」と酒井さんは語る。

「美術館の来場者数がいつもと桁違いでした。それに、アンケートの自由記入欄にも『アール・ブリュットは知らなかったし美術館は初めて来たけれど、すごく良かったです』『作品を見て元気をもらいました』など、高評価の回答が多かったですね。」

第1回の様子
(画像提供:武蔵野アール・ブリュット実行委員会事務局)

第2回(企画展) 武蔵野アール・ブリュット2018 「描かずには/創らずにはいられない」ストーリーに迫る
*日程:7月20日(金)〜23日(月)
*会場:吉祥寺美術館、ギャラリーケイ
*来場者数:1,712名

 第2回は企画展として9名(組)の作家に焦点を当てた展示を行った。実行委員によるテーマ設定の経緯について、酒井さんは以下のように語る。

「第2回は、第1回の『ヒトが表現するということ』を発展させ、『他者に伝えたいというときの表現方法として、描かずには創らずにはいられないという気持ちが湧き上がる。そして、その熱量が高い人たちはどのような思いで芸術活動をしているのかという部分を取り上げたい』という意識のもと、『「描かずには/創らずにはいられない」ストーリーに迫る』というテーマになりました。」

 具体的にはそれぞれの作家の創作の様子に焦点を当て、作家やその周囲の人々にインタビューを行った。そして、その制作風景やインタビューを撮影した映像を作品とともに展示することで、作家がどのような人かについて、一側面的にではなく、立体的に紹介する展覧会となった。
 さらに、展覧会の関連イベントとして、成蹊大学文学部の学生のゼミ報告発表会や出展作家によるペンキアートライブも行われた。

左:第2回の参加作家、右:ペンキアートライブの様子
(画像提供:武蔵野アール・ブリュット実行委員会事務局)

第3回(企画展) 武蔵野アール・ブリュット2019 【こだわ・り】―
*日程:7月5日(金)〜8日(月)
*会場:吉祥寺美術館
*来場者数:1,342名

 第3回も企画展として8名の作家を紹介した。会期中の関連イベントとして、監修者によるギャラリーツアーやテーブルトークのほか、参加型イベント「100 colors have 100 storys」も行われた。
 また、テーマが「【こだわ・り】―」になった背景について酒井さんは次のように語る。

「第2回の企画展で出展作家さんの創作活動の様子を見に行ったとき、こだわりを持ってつくっていることがひしひしと伝わってきました。それに、例えば『私は階段を右足から上がることにしている』など、『こだわる』っていうことは誰にでもあるのではないかという話も出ました。そこで、こだわりに焦点を当てた展示を行うことで、来場者が『自分の中にもこだわりがあるのかもしれない』と思えたり、一見するとネガティブに思われる『何かにこだわる』ことの意味をポジティブに捉え直したりする機会になればと思い、このテーマにしました。」

左:作品展示の様子、右:参加型イベント「100 colors have 100 storys」
(画像提供:武蔵野アール・ブリュット実行委員会事務局)

第4回(公募展) 武蔵野アール・ブリュット2020 ヒトが表現するということ、再び
* Facebook上での作品の紹介(クリックするとFacebookのページにアクセスできます)

 第4回は公募展として、第1回と同様に「武蔵野市に何らかのゆかりのある方」から作品を募集した。本来は吉祥寺美術館の展示室で行われる予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により展覧会は中止となり、2020年10月から2021年2月まで、展示を予定していた応募作品全123点中、掲載の承諾を得た計115点を1日1点ずつFacebookで紹介する形式となった。
 テーマ設定の背景としては、市制施行70周年記念事業と東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての事業という位置づけでの武蔵野アール・ブリュットは第4回で一区切りとなるため(武蔵野アール・ブリュットの事業自体は2021年度も継続される)、これまでの4年間を一度振り返って総括するという目的で、表現を通して自分の思いを相手に伝えながら、この社会で人間が生きることを改めて考えようという意識のもと「ヒトが表現するということ、再び」になったという。
 また、第4回はFacebookでの作品紹介となったが「結果としてとても好評だった」と酒井さんは語る。「関係者も含め、『ゆっくり見ることができてよかった』『毎日見ることができて楽しい』などの感想をいただいています。結果オーライになりました。」

第4回ポスター
(画像提供:武蔵野アール・ブリュット実行委員会事務局)

展覧会を通しての変化

 それでは、展覧会を通して関係者にどのような変化や影響があったのだろうか。酒井さんは、その一つとして「べき論や固定観念がなくなることにつながったのではないか」と語る。

「来場者の方々や実行委員は作品を見て、自分にはない新たな物の見方や表現方法があるということに気づき、そのことを肯定的に感じられるようになるのではないかと思います。また、出展作家さんやその周りの方々も自分の作品や創作現場の映像を見てもらうことで、自分の生き方やその表現が肯定されたと感じ、元気を出したり自信につながったりするのではないかと思っています。」

 また、市の事業としても、当初は市制施行70周年記念と東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての2020年までの4年間の事業として進められていたが、2021年度も継続されることになっている。そのことについて、酒井さんは「行政からも高く評価された結果ではないか」と語った。

「行政の事業として当初は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催までの4年間と説明されたものが継続されるということは、数字の評価も含め、アンケートなどいろいろな評価が高かったということではないかと思います。事業を続けるという行政からの報告は、私にとって驚きでもあり、頑張って良かったという気持ちでした。」

客観的な評価も取り入れる

 さらに、武蔵野アール・ブリュットの特徴に関して、「展覧会の関連イベントとして、実行委員だけでなく、各回の開催で協力していただいた方などによるトークイベントや講演会を行い、客観的な評価や意見が積極的に取り入れられています」と酒井さんは語る。
 例えば第1回には、公募展の審査員の方々によるパネルディスカッションやアール・ブリュットについてのトークセッションが行われている。また、第2回には成蹊大学の学生によるゼミ発表や企画展の監修者による取材レポートが、第3回には監修者によるギャラリーツアーやテーブルトークが行われた。そのようなイベントを通して、展覧会や出展作品、作家などについて第三者の視点から客観的に見つめてもらう機会となっている。
 このような取り組みによって、より客観性や公平性が担保された展覧会となっていると言えるだろう。

第2回の様子
(画像提供:武蔵野アール・ブリュット実行委員会事務局)

今後の課題と展望

 武蔵野アール・ブリュットは市民協働のアート展として以上のような歩みを経てきた。今後の課題の一つとしては、実行委員会のシステムが挙げられると酒井さんは語る。

「実行委員会は市民と行政職員で構成されているのですが、市民の実行委員はボランティアなんですね。福祉施設や会社で働いている人、自由業の人など、仕事をしている人は仕事が終わってからくるか、仕事の時間を抜けてくるかという状況になっています。仕事の一環で参加をしている人以外は、実行委員会や開催準備や片づけ、会期中の受付対応は無報酬です。仕事をしていたら収入があったかもしれないという人もいると思います。
 今後、武蔵野アール・ブリュットを市民協働で続けていくなら、実行委員さんがやるべき役割とそうでない部分をより明確にするなど、実行委員会について考えないといけないと思っています。
 ただし、市の事業であることのメリットもあります。武蔵野アール・ブリュットを市民団体が開催するとなると、思いやアイディアはあっても、実現させるための会場の確保やお金をどうするかという事務局機能が弱いですから。」

 また、武蔵野アール・ブリュットと2018年に武蔵野市で策定された「武蔵野市文化振興基本方針」との関係性にも着目したい。この方針は「いつでも誰もが芸術文化にふれることができこころ豊かに暮らせる武蔵野市」を目標としており、その中の「これまでの取り組み例」として武蔵野アール・ブリュットが取り上げられている。それについて酒井さんは「文化振興基本方針に取り上げられたということは、今後のまちづくりに芸術文化を取り入れることの先駆けとなる事例として武蔵野アール・ブリュットが位置づけられたということだと思う」と語った。そして、それを踏まえた上で、これからの武蔵野アール・ブリュットについて酒井さんは次のような期待を述べる。「文化振興基本方針と武蔵野アール・ブリュットがリンクして、自分の気持ちを表現することができる機会や場が、武蔵野市のあちこちにできるといいなと思います。」

誰もが自分の思いを表現し合える地域を目指して

 以上のように、この記事では武蔵野アール・ブリュットの歩みとその特徴について見てきた。最後にこの事業が武蔵野市という地域のあり方とどのように関係するかを考えたい。
 武蔵野アール・ブリュットでは、地域で生活している様々な人々の表現を取り上げて展示することで、その人々の多様な生き方やその表現に触れられる場を市と市民が協働で作り上げようとしていると言える。
 また、芸術文化や表現活動についての考えを酒井さんに尋ねたところ、このように語った。

「芸術や趣味、創作活動、表現することは、生きていく上で非常に重要なものだと思っています。毎日の生活が大変なときも、自分が没頭できる趣味やその時間があることで、体も心もリフレッシュされて、生活を立て直していこう、また明日頑張ろうと思えるようになるのではないでしょうか。そのような意味で、武蔵野アール・ブリュットも様々な人々の様々な表現を取り上げて、みんなが生きてくためのモチベーションになっていけばいいなと思っています。」

 武蔵野市では、どのような人々も自分の気持ちを表現したり趣味の時間を大切にしたりできるような文化的なまちが目指されており、その表現を肯定的に受容し合える風土をつくるきっかけとして、武蔵野アール・ブリュットが営まれているのではないだろうか。

第2回の様子
(画像提供:武蔵野アール・ブリュット実行委員会事務局)

関連リンク

・武蔵野アール・ブリュット(武蔵野市HPより)
http://www.city.musashino.lg.jp/kurashi_guide/shogaigakushu_koza/geijutsu_bunka/1019240.html
・武蔵野アール・ブリュット2017公式HP
(2018以降は、情報発信の媒体をFacebookに移行した)
https://musashino-art-brut.jimdofree.com
・武蔵野アール・ブリュット実行委員会Facebook
(第4回の出典作品も紹介されている)
https://ja-jp.facebook.com/pages/category/Community-Organization/武蔵野アールブリュット実行委員会-719715431526789/
・武蔵野市文化振興基本方針について(武蔵野市HPより)
http://www.city.musashino.lg.jp/shisei_joho/sesaku_keikaku/kankyoseikatsubu/1016048/1022136.html

文責・インタビューの聞き手:齊藤瑞穂、林蒼真、森本清香
協力:酒井陽子さん(武蔵野アール・ブリュット2020アドバイザー)、
道家道さん(武蔵野市立吉祥寺美術館(武蔵野アール・ブリュット2020実行委員会事務局))